帰らないと帰れなくなる。それが怖いから帰るの。
江國さんの長編小説です。
「ソラニン」というタイトルから始まって、「トリカブト」で閉められる、なんとも危険な内容ながら、「え?ここで終わり?」という幕切れ。
この夫婦の生活はこのままであろうと思いつつ、もう少し先を見てみたいような、でも怖いような。そんなお話です。
主題は「愛ゆえの(ここがポイント。ただの嘘は不実に他ならない)甘くて小さな嘘」と嘘について。
僕が気になったのはやっぱり「嘘」について。
お話の中で、「人は守りたいものに嘘を付く」という言葉がありました。そして、「だから、私はあなたに嘘は付けない」
、という言葉も。
(本来ならどのような場面で語られた言葉か表現したほうが良いかもしれませんが、あえて説明はしません。
この本のこの部分を読まれた方がどう感じるか、僕はそれを知りたいです)
この言葉は、すごく正直なのでしょうけど、こういった場面において、これ以上の攻撃力を持った言葉はそうそう出てこないと思います。
守りたいもの、守ろうとするものに対して嘘を付く、というのは自分にも思い当たる節のあるところです。
自分を守るためもあるだろうけれど、自分の守りたいものを傷つけないために、という心境ゆえの行動と思います。
しかしながら、ただ正直になれば良いというものじゃない、とも思うのです。
たしかに正直というのは正しいことで、自分を「嘘をついていない」と自覚させてくれるけど、時として相手を傷つけてしまうことがあります。
まさに嘘と正直は表裏一体であるのですけど。
妻と浮気相手を「二人とも大切な女性」と言う、大人びた子供と表現されている主人公の夫。
僕には彼の気持ちがよく解ってしまいます。
…とはいえ、僕は細君と適度に話をするし、部屋に閉じこもってゲームをしているタイプではないのですが。
生活も考え方も違えど、やっぱり彼の気持ちは分かるのでした。
こういう言葉を見るたびに、かつて「私は同時期に一人しか好きになれない」と言った人について考えてしまうのです。
それはすごく正しくて、でもちょっとつらいお話で。
主人公がテディベアを作るシーンがあります。
僕はこのテディベアっていうのがちょっと可愛いと思えないのです。小さい頃からどうしてか可愛いというより、怖いと思う事が多いのです。
しっかり見たことがあまりないというのもありますが、なんだかぬいぐるみの対象としてくまというのがちぐはぐな印象を感じてしまったりするのです。
でも、この本の表紙を見たり、ネットであれこれとテディベアを見てみたら、可愛いような気がしてきました。
まこと、人の気持ちの変化というのは解らないものです。
相手に言えない嘘がある人、相手に常に誠実な人、江國香織さんのファンの方、におすすめです。