ツキコさん、デートをいたしましょう。
帯にもちらっと見えますが、谷崎潤一郎賞を取られた、川上弘美さんの作品です。
高校時代の先生と十数年ぶりに再会した月子さんのお話です。
つい自分の好きな人とお酒でも飲みたくなるお話です。
居酒屋で、私ことツキコさんは、「センセイ」と偶然再会して、恋に落ちてしまいます。
その「センセイ」というのは、ツキコさんが「センセイ」を見てとっさに名前が思い出す事ができないことから付いた名前です。
上手くできた名前ですが、現実、そのとおりですね。
顔や声はしっかり覚えているのに、名前が思い出せない。
かつての恩師にばったり出会って、僕もそんな経験をした事があります。
さて、ツキコさんは37歳独身、となっているのですが、かつてその「センセイ」の生徒だった、との事ですので、そのセンセイもご高齢なはずです。
ツキコさんから見たら、それこそ自分のお父さんぐらいの年齢にでもなるんでしょうか。
ツキコさんも魅力的な人ですが、この「センセイ」は実に良い人でして、自分もあんな風に歳をとれたらいいな、なんて思いました。
…ちょっとイヤな所もありますけど。
その「センセイ」とツキコさんのなんとも切々とした付き合いの描き方がすごく良い雰囲気です。
普通、恋愛小説と言うものは、甘ったるいようなものになるがちですが、このお話は実にわびしく、もの悲しく。
しかし、とても清廉な恋物語です。
たしかに盛り上がるところもありますが、得体の知れない寂しさがつきまとって離れません。
華奢な、それでいて随分と丈夫そうな。いや、でもめっぽう繊細な関係です。
これほど綺麗に描かれてしまうと、先生と教え子の恋、だなんてタブーっぽい所は気にならなくなります。
ところで、このお話の時代背景はいつくらいになるのでしょう?
舞台にある居酒屋は現在っぽくない感じがしてしまって、ちょっと過去のお話かな、と思いきや、携帯電話がでてきたりするほどですから、現代に近いのでしょうね。
ケータイと言えば、頑固なこのセンセイは携帯電話を持つにあたって「ケイタイ」と呼ぶのは気持ち悪くてダメだ、なんて漏らします。
なんとなくこの人らしく、好ましくもあり、ちょっとおかしくもある一幕でした。
小説の最後で、ツキコさんはセンセイがいつも持っていた鞄を開け 「からっぽの、何もない空間を覗きこむ」のですが、ツキコさんは一体何を取り出したのでしょうか。
そう考えるだけで一層、寂寥とした雰囲気が漂ってきてました。
読後感は寂しさがありますが、けっして悪いものではありません。
恋愛を「あわあわ」と表現する事に綺麗さを感じました。
そういう思わされる言い回しが、このお話の随所にあります。
この川上弘美さんという人も、日本語の言い回しの上手な方だと思いました。
過去の人と再会された事がある方、過去の人と恋に落ちた事がある方、川上弘美さんのファンの方におすすめです。