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□ 著書名     【落下する夕方】
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□ ジャンル   小説
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□ 著者       江國香織
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□ 出版社     新潮文庫  1991.9発行  208ページ
             ISBN4-7727-0284-4  1400円(税込)
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江国香織さんの作品です。

ある失恋と、それを取り巻くおはなしです。

8年間同棲していた彼氏の健吾から突然別れを告げられた主人公の梨果。
健吾は2週間前に出会った華子という女性に一目ぼれしてしまったと言い、梨果の部屋を出て行きます。
ショックを受けて、なかなか現実受け入れられないまま毎日を過ごす梨果の前に、健吾の片思いの相手の華子が突然訪ねてきて結局そのまま住み着いてしまいます。
そこへその健吾がちょくちょく遊びに来るようになる…。
梨果と健吾は華子に、どんどん振り回されていきます。

のっけからおいおい、あんたらホントにそれでいいのかっていう設定ですが、そこから物語は進みます。
ホントにこの作者らしく、設定は凄く突飛かつ斬新(?)です。
ちなみに作者はこれを「すれちがう魂の物語」といいます。
この場合どのあたりがすれ違ってしまうのかって、現実でもよくあることですが、登場人物たちの「想い」の方向がいつもうまく噛み合わずすれちがってしまう、と言うことです。
「魂」という単語ではピンときませんが、それこそヒト同士での「想い」みたいなものなのかもしれません。
・・・しかしその「魂」というものが点や線で描けて目に見える物だったら、きっと楽な事でしょうね。
本当は相手の事を思っているのに、相手に伝わらないということがうまく表現されていて、悲しさが伝わってきます。

いきなり終わりの話をしますけど、余韻たっぷりのラストが良いです。
終焉はあっさりしつつも先が気になる感じですが、こういった作品にありがちな「おいおいちょっと待てぇ」というような尻切れとんぼな感じではなく、良い感じの終わり方でした。
こればっかりはこの作品に最初っから取り組んでもらった人でないと解っていただけないかもしれません。

ちなみに聞くところによると、梨花役が原田友世、華子役が管野美穂、というキャスティングの同名映画もあるみたいです。
この原作の、いつ果てるともわからない緩慢な時間の流れ、ともすれば痛々しいような静謐という表現が似つかわしい静かな雰囲気、主人公達の微妙なやりとりなどは、映画という画像と音声の媒体で表現できるものなのでしょうか・・・
なんとなく見てみたいような気もしますが、原作を読んでしまった今、見ない方が良いような、難しいところです。
いずれ原作のイメージが抜けかかった頃にでもゆっくり見てみようかと思います。

この作品で驚いたのは、読んでいる時間はともかく、作中で実際に経過した時間は緩慢な表現の割に驚くほど長い、ということです。
読み終わってみてはっとしましたけど、この独特の感じもこの作者ならではの表現ではないかと思います。
最近なにかと忙しい現実世界に住む自分にとっては、この世界に住まいたいと思いました。
それでもし自分があの世界の住人になるのならば、けっして主人公の梨果ではなく、華子のように生きたいと思いました。
…自由奔放、自分勝手。まさしく勝手気儘な彼女の行動は、今の僕から見たら放り投げたくなるような衝動に駆られますが、あのように生きていくというのはラクでよいかもしれません。
ちなみに現実で僕の見知っている方でこの華子に似たような性格な人がいらっしゃいますが、楽しそうでうらやましい限りです。
いや、あれは一種「躁」が入っている状態なのかもしれませんが…。
そうそう、華子と言えば、物語の最後にどう考えても彼女に似つかわしくはない行動をとるのですけど、これはあとになってみて妙に納得できました。
普段は勝手気儘なもので近くにいたらうっとおしいけれども、一度目の前からいなくなったらもう会えなくなってしまいそうなともすれば刹那的な印象が、彼女のかもし出す微妙な魅力なのかもしれません。

最後ですが、あとがきに「私は冷静なものが好きです」という作者の言葉があります。
この作品ではいったい誰が冷静だったのかは理解に苦しみますが、冷静に欠けるというのも恋の形なのかもしれません。
しかしながら、とても辛い状況にありながら取り乱すこともなく、やさしく静かに日常をおくっていく主人公たちがとても素敵だと思いました。
自分だったらあのようには振る舞えないような…

イヤな失恋をしたことがある方におすすめです。
 
 

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Copyright(C) Nobuhiko Takano 2004