表題作「人質カノン」を含めた7作を収録した短編集です。
各作品、なんとなくミステリっぽい仕立てで描かれていますが、なんとも人間味のある暖かいお話です。
独特の暖かくも切ない雰囲気が漂っています。
ネタバレにならない程度に、軽く各作品に触れてみると…。
「人質カノン」
タイトルのセンスの妙といいますか、たしかに人質なお話。
主人公のOLが、何気なく忘年会の帰りに立ち寄ったコンビニで強盗に人質にされてしまうというお話。
コンビニで強盗に遭遇、だなんてコンビニが溢れかえっている昨今、現実に遭う可能性もあるかもしれません。
事件の怖さもさることながら、結果的に犯罪に利用されてしまった青年と、このお話でのもう一人の登場人物、眼鏡くんとのすれ違い具合などがなんとも寂しいです。
たしかに現実はこんなものなのかもしれませんが、この微妙な距離感がさみしくて。
ところで、かつて僕も本屋さんでアルバイトをしたことがありますが、レジにいて、もし強盗が現れてもあんなにも言いなりになるかなぁ、と思いました。
たしかに僕は小心者ですから、抵抗どころか怖くて固まっちゃうかもですが、ちょっとだけ「負けるな、店員!」だなんて思ってしまいました。
「十年計画」
会話だけで話が進んできまして、ラスト近くまですべてが明らかにならない仕掛けは面白いと思いました。 …しかし、なんとも怖いことで。
自分の人生には責任を持って、自分の行動に見合ったように年を取っていくということですね。
そこで語られている計画自体には覚悟も理解できますし、ものすごく怖いのですが、やはり素直に同意できません。
綺麗事を言うつもりはありませんが、憎しみだけで過ごすのはやはりつらいものです。
「過去のない手帳」
電車の中で、手帳を拾った主人公が、持ち主を捜すお話。
たしかに、アドレス欄に一人の女性の名前が書かれているだけ、だなんて手帳を拾ってしまったら始末に困るかもしれません。
持ち主を捜す主人公に、普通そこまでする?なんて思ってしまいましたが、ぐいぐいと引き込まれてしまいました。
ちょっとまとめてしまいますが、「八月の雪」「過ぎたこと」「生者の特権」の3作はいわゆる「いじめの問題」がテーマです。
ぶつけようのない怒りや、理不尽な思いをしている少年達。
どうしていいか分からないというのもあるかもしれませんね。
どれもこれも少年達に死に急ぐことのないように、といった風なメッセージが込められているような気がします。
「生者の特権」では最後にOLもいじめられっ子も救われたみたいで、なんだかほっとしました。
しかし、真っ暗な小学校だなんて想像しただけでも怖いかもしれません。
ところで「八月の雪」でちらっと2.26事件が出てきますが、宮部さんの他著「蒲生邸事件」も2.26事件が舞台だったような…。
…いや、特に関連はないようですが。
「漏れる心」
少し切ない結末はさておき、可哀想すぎる境遇の主婦。
売りに出そうとしたマンションが、オープンハウスの日に上階の水道管の亀裂だかで部屋中水浸し、だなんてあんまりです。
ちょっと不幸すぎるかな、なんて。
…とあれこれ言ってみましたが、表題作の「人質カノン」と、ちょっと重厚な「八月の雪」が気になりました。
どの短編も読みやすく、それでいて味のある面白い作品だと思います。
ちなみにこれは96年の作品の文庫化なのですが、古くささみたいなものをまったく感じませんでした。
短編が好きな方、宮部みゆきさんが好きな方におすすめです。