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□ 著書名         【ウエハースの椅子】
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□ ジャンル        小説
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□ 著者             江國 香織
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□ 出版社       角川春樹事務所   2001.2.8初版
               ISBN4-89456-920-5   1400円(税別)
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恋人の身体は、信じられないほど私を幸福にする・・・
 

作者は、

大人の身体と子供の視点、大人の分別と子供の欲望、を、一人でその身内に抱えてしまった女の独白を、よかったら読んでみて下さい。

…と語っています。

ウェハースというと、僕も子供の頃に食べた記憶があります。
子供心にも「何か変なお菓子だなぁ」と思ったのを覚えています。
大人になった(つもりの)今でのその思いは変わりません。なんか特殊なお菓子の様な気がします。

それはさておき、本の内容。

実に江國作品らしく、全体的に落ち着いたお話です。
テーマは相変わらず危なっかしいものです。
物語は破綻していそうで、実はそうでもない。
しかし、この江國的な書き方を見ていると「これも普通かな?」と思わせられてしまうのが実に怖いところ。

基本的には主人公の「わたし」が中心で話が進んでいきます。
「わたし」は30代の独身女性。どうやら「孤独」らしいんですが…。
自分で「私は眠り、仕事をし、お風呂に入り、音楽を聴き、また眠る。のら猫にエサをやり、外出し、お風呂に入り、また眠る」と言っています。
なるほど、たしかに孤独と呼べるかもしれません。                                          
しかし彼女は芸術で生計を立てているので、こういった環境が一番似つかわしくも思えるのですが…。
(いや、こんな人だからこの職業に就いた、という見方もありますね。)

そして、その「わたし」と不倫関係にある「恋人」。
…ちなみにこういった構図は、案外、実生活でも目にするみたいですが、僕はどうにもこうにも「怖い世界」に見えます。
いつ壊れるか解らないそんな不安定な世界はちょっと…と真っ先に思ってしまいます。
それは、僕がまだ精神的に幼いからなのか、元より相容れぬものなのか…。

話を読みすすめながら「わたし」や「恋人」はこの先、一体どうなっていくのだろうかと心配になりました。
確実でない未来。でも絶対やってくる未来。

作中、濃厚とも言えるほどに「死」の香りが漂ってきます。
これもまたひとつの「未来」の形ですね。

そういえば、この話に出てくる「絶望」のはなし。
僕は似たような存在を感じたことがあります。 …いや、今でも感じています。
これはこの本を読んだから、とか、作家・江国香織に傾倒しているから、ではなく、僕は割と小さいときからこの「絶望」と向かい合ってきました。
「心の闇」と言えば聞こえは良いですが、「絶望」とはすごく卑しくて、イヤな存在だと思います。
それは就職して結婚して家庭という物を持った、今の僕にも時折姿を現します。
初めは「幼少期に誰でも経験するものだろう」と勝手にタカをくくっていましたが、どうやらそういう性質のものではないようです。
もとより弱気な性質の僕の中から、ふとした折りに首をもたげてくる、この存在。
恐らく僕が死ぬまで、この存在が消える事はないのでしょう。
よくよく思えば、これは僕だけではなく、誰の心にも巣くっている存在なのではないか、とも思います。
しかしながら、ヒトとして生きている限り、そういったものと付き合っていかないとダメなのでしょうね。
…つくづく、人間って損な生き物ですね。

そういえば、作中「グロテスクなオ一プンカー」なる記述がありました。
…うーん。この作品が書かれた時期とも符合してしまうし、メーカーもぴったりですし。
もしかして、我が家にもあるこのクルマのことではないでしょうか。
たしかに「女性受けの悪いデザインだ」とあるお知り合いに酷評された事もありましたが…。

最後にもう一度作者からの引用を。

恋をすると子供じみてしまうのはどうしてだろう、と、ずっと疑問に思っていました。
この小説を書きながらわかったのですが、実に単純なことでした。
子供というのは一人では生きられないのですね。
恋をした人間も、一人では生きられない。
似るわけです。
 

孤独な方、最近「寂しい」と思ったことがある方、江國香織さんがお好きな方に、オススメです。
 
 

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Copyright(C) Nobuhiko Takano 2003