覆水盆に返らず
「西遊記」などと並ぶ中国伝奇ものの古典の一つです。
簡単なあらすじは、古代中国の王朝交代期を舞台に太公望が仙人界、人間界を超えて活躍し、やがて殷を滅ぼし新国家・周を建国するまで、いわゆる殷周革命のお話を描いた奇想天外な物語です。
伝奇というだけあって、「コレが本筋」みたいな原点は存在せず、人々の伝承と共に一定のあらすじをもとにして話が付けられていっているとか。
史実では悪逆の限りを尽くした殷の紂王を周の王が倒す、とある所を、この話ではいわゆる仙人が関わってきます。
殷の紂王には悪い后がいたらしいのですが、なんとそれは仙女だった、と。
それを、今も釣りの名人の代名詞で語られる周の太公望が、仲間の道士や仙人達と仙術を使ってやっつけるというお話です。
最初は藤崎さんの少年ジャンプでの連載漫画を読み始めたので、ついでに「封神演義」関係のものでは日本でもっとも広く読まれているといわれる安能務氏の小説も読んでみました。
いろんなサイトを眺めてみたところ、安能さんの訳本は原典と相違点が多くて全く違う作品である、だとか言われていましたが、「物語」としては十分に楽しく読めたと思います。
安能さんにはなんだか悪い気がしますが、小説を読んでいるのに、すべてのキャラクターが藤崎さんのマンガの絵柄でしゃべっている錯覚に陥りました。
現代日本人をターゲットにして書かれたそうで、解りやすくできていたと思います。
ただ、その分厚さに何度かくじけそうになりましたが。
藤崎竜さんの漫画は、原典を微妙に崩しつつも、少年漫画らしく仕上げてあると思います。
宝貝(パオペエ)も実に漫画映えするアイテムもあり、原典の存在などを知らなくとも楽しめる漫画だと思います。
個人的に藤崎さんの書く絵が好きなので、そのあたりも楽しむことができました。
登場人物達が身に纏う、特徴あるデザインの服飾類も面白いかと。
こちらの主人公・太公望はズルばかりしている頼りないにーちゃんになっています。口調は年寄り風ですが。敵と相対すれば逃げ回るし、あっさり敵に捕まったりするし。
しかし、この太公望は正攻法でいくよりもずっと少ない犠牲で目的を達している、とそういう事になっています。
その良く言えば知略、悪く言うとせこい手もまた少年漫画らしくて良い感じです。
あるサイトで「この「翻案作品」を『封神演技』の翻訳と称し、かつまた藤崎竜氏のマンガの「原作」と称することは大きな誤解を世に広めることだと私は考えます。何より関係者のモラルが疑われます。」とありました。
たしかにその通りかもしれません。
しかし、あえてそう言った事を抜きにして、漫画、小説ともに楽しむのが吉かと。
#冒頭の「覆水盆に返らず(It's no use crying over spilt milk.)」は太公望が言ったことわざとされています。
呂尚(太公望)が読書にふけってばかりいて、妻は離縁を臨み、去ってしまった。
後に呂尚が大成したのち、再縁を求めてきたが、呂尚は盆から水をこぼし、その水を元に戻したら求めに応じようと言った、という故事にまつわるものだとか。
中国伝奇ものが好きな方、少年ジャンプの漫画を読まれた事がある方、におすすめです。