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□ 著書名         【ホリーガーデン】
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□ ジャンル        恋愛小説的文学(?)
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□ 著者             江國 香織
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□ 出版社        新潮社   1994.9.30初版   282ページ
                         ISBN-10-380802-0   1400円(税別)
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余分な時間ほど美しい時間はないと思っています。
 

これは僕が一番最初に読んだ江國香織さんの本です。

僕がこの本を手にしたのは,この本が新刊として店頭に並んでいた頃で、僕はまだ高校生でした。
それも恐ろしいことに、その時は著者の江國香織さんに興味があった、などではなく、ほとんど衝動買いに近い状態だったという事です。
新刊コーナーで置いてあるこの本を見つけ、数ページぱらぱらと読んだら、なんだか気になって、これはゆっくりと全部読んでみたいなって思ったのを覚えています。
当時高校生だった僕にとっては,ハードカバーは結構高額だったりしたのですが(物によっては文庫になるまで我慢していたりしていました)、何故かこの本は今買わないといけないと思い、お小遣いをなんとかやりくりして手に入れたというのも今となったら良い思い出です。
本棚でこの本を手に取る度に、その時を思い出します。
先日、本棚から出して手に取ってみると、もう十年が経過した事もあり、すっかり古本の様相を呈していました。ちょっと寂しくなりました。

個人的な思い出はおいといて、内容ですが・・・
このお話は別段、大事件が起きるとか、劇的な出来事は一切なく、ごくごく平和(?)な毎日の出来事を登場人物を追う形で、日記の如くの調子で描かれています。
毎日は淡々と過ぎていくわけで、変わらない日常を過ごしながら、ゆるやかにゆるやかに時間が流れていくそのままに話は進んでいきます。
さりげないエピソードのひとつひとつがとても素敵で、この話自体が「作られている」という気が起きないほど登場人物たちはみんな自然に動いているように見え、まさに等身大に描かれています。
どこにでもいるような人が、過去の失敗や過去を振り返って、それを過剰に大きく捕らえて抱えて生きているのだと言うことが、嫌味のないエピソードの繰り返しで語られています。
文中、なんとなく文学的な言い回しを感じますが、読んでいくには抵抗を感じません。
そして、最後は「それなり」の結末が用意されており、ちょっとした出来事があったとしても、物語として妙に変調しなかった点にも好感が持てました。

この本では、多数の登場人物の視点から時間が進んでいきます。
ある人物の視点だったのが急に別の人物の視点に変わって、同じ時間が見えてきたりする、こうした書き方からは一度ににたくさんの登場人物の感情が奔流の如くあちこちから流れてくるので、登場人物達の心境を読みとるのが大変で、読んでいて息を付く暇もありません。

登場人物は、まったくタイプの違う中心人物がふたり。
眼鏡屋の店員をしている果歩と、美術教師の静枝です。
果歩と静枝は、その相容れない性格をお互いに持ちながらも、長年共にいるという「親友」です。
この二人は生活につけ恋愛につけ、いろいろとお互いに牽制し合うのですが…
ふと気づくといつも一緒で、またお互いを知りすぎてもいて、30歳を目前とした今でも二人の友情に変わりはない…といった具合の二人です。
互いの人生を長きに渡って見つめ合ってきた分、それだけ濃いつながりを持つことができたのでしょう。

果歩は過去にした恋に破れ、それ以来その傷が癒えずに周囲を遮断して、昔の思い出にひたって現実から閉じこもって過去に生きることになります。
5年が経過しても、果歩の目から見た風景は忘れ得ぬ感傷的な気持ちを引き出してしまうようです。
そしてその、妄執的ともすれば異常とも見える果歩の心情も、物語に惹き込まれてしまうところの1つです。
果歩がそのような状態にあることはもちろん静枝も知っており、彼女はいつまでも立ち直れないでいる、いや立ち直ろうとしないような果歩の態度にやきもきし、心を痛めます。
ですが、その静枝はと言うと結婚願望がなく、画廊オーナーの芹沢と現在進行中の、世の中で言うところの不倫の関係にあります。
その静枝の不倫のことも知る果歩はどこか釈然としないわけです。

二人の間に緊張が日に日に高まり、時として口論になることはあるのですが、互いの生活までを責めることまではしないのです。
お互いの最大の弱点は知っているのにお互いはそこに触れない。心のいちばん深いところを感じていても、決して手を触れられない、といいますか…。
お互いが一番思いやりあっているのに、実質的には一番遠いところにいるような。

「親友」は一番遠くても、果歩のそばには、とても真摯な性格の会社の同僚、中野くんがいたり、静枝には不倫関係の芹沢が心の中にいつもそばにいて。
一見それでよいようにも(いや、これはこれで決して良い状態ともいえないのですが)見えますが、そんな二人の姿に強い孤独を感じてしまいます。

お互いのことを思っているのに、聞いてはいけないこと、タブーが積み重なる。
そして、それを意識しながらも、離れられない2人。
このような話は、なにも恋愛話だけではないと思います。
時を経るごとに傷が増えて、触れられると困るタブーが増えていく…。
多かれ少なかれこういった要素が友だちと呼べる関係には現実としてあるのではないかと思います。

果歩はごくごく自然体で、ともすれば危うくてふらふらしているといった印象を与えます。
しかし料理が得意、などがアンバランスに見えてしまう部分もあったりするのですが…。
また、現在の眼鏡屋に勤める前に果歩は図書館司書していたというからなのか、時折、果歩は尾形亀之助さんの詩を口ずさむのです。
たとえば「おお これは砂糖のかたまりがぬるま湯の中でとけるやうに涙ぐましい」のように。
この尾形氏とは、昭和初期の詩人だそうで、あとがきで紹介されていたので気になったのでホリーガーデンを読み終えてみてから,尾形亀之助さんの本もちょっと読んでみました。
僕的には、詩吟などはちょっと苦手なジャンルなのですが、めげずに読んでみました。
やはりというか、言葉回しなど堅めの昭和初期を思わせるもので綴られており、端的に言うと僕にとっては非常に難解な内容なのですが、何度か目覚めさせられるような日本語の使い方がありました。
キツネにつままれたような感じのまま読み終わってしまいました。現代調の小説などにしか手を出さない僕には少々厳しかったです。
もうちょっと語彙が発達してから読み直してみると味わい深いのかもしれませんね。
…で、その難解な亀之助の詩を口ずさむというのもある意味、果歩の魅力でもあるのかもしれませんが、ちょっと変わったヒトであるのは間違いありませんね。

静枝はといいますと、持ち前の物なのか不倫相手の芹沢の影響なのかどうか判りませんが、とてもパワフルで前向きな人です。
果歩への面倒見が良いというのか、それとも教師をしているだけに面倒みたがりなのか。
どちらかといえば積極的な性格で、よく手厳しい言葉で果歩に干渉する場面などがあるのですが、時々不愉快に見えてしまったりもしました。
果歩の事はもうちょっと放っておいてあげればよいのに、ちょっとかまいすぎかな、と思ってしまうこともたびたびありました。
これはこれで面倒見のよいという静枝の良いところなのでしょうけど・・・

果歩のようなちょっと暗めのふらふらっとした生き方も、静枝のような前向きでパワフルな生き方も、もちろん著者である江國さんの理想とする生き方のひとつなのでしょう。
彼女たちを語る上で、当然ながら果歩や静枝の嫌な所だとか、悪い意味で大人になりきれてない部分とかが一つ一つ描かれているのですが、僕は逆に果歩たちがとても好きになりました。
読んでいる僕自身が大人になり切れてないところがあるからかもしれませんが。

それと、作品中には「あ、なんかそれってわかる」と思えることがたくさんありました。
それは果歩たちの行動や生活のディテールの一つ一つが、とても魅力的に、丁寧に書かれているからであり、すんなりとその事実に共感を生ませることが江國さんの魅力だと感じました。
この文章の穏やかさはすばらしいものがあります。
あと、感覚的なものだとか擬音が多いのですが、その出来事への抽象的な描写がありません。
それでも不思議とニュアンスはしっかり伝わる。
ただただやさしくて自然な表現で、読んでいて身体に溶けやすくなじみやすい文章です。
文章の構成は推理物などである、「事実を列挙して余分な物は全て切り捨てていく文章」とは全く正反対の文章で「余分なこと、無駄なこと、役に立たないことばかりで編まれた文章」です。
それは何か?といいますと、著者はあとがきで
「余分な時間ほど美しい時間はないと思っています。そうして、これはたくさんの余分な時間を共有してきた二人の物語です。
 これは二人と二人をめぐる人々の、日々の余分な物語。」
…と語っています。
たしかのその内容たるや、物事のエピソード内で些細な断片や小さなことに目を向けて書かれており、現実社会に生きるもののの日々のペースを緩ませてくれます。
普段の生活では忘れていた視点や、見ていたつもりが実は見えていなかったものなどを思いださせてくれます。
 

気になる友達がいる方、柔らかな小説が読みたくなった方、江國香織さんのファンの方、におすすめです。
 

#新潮社のWEB新潮の中で江國香織さん自身の作家自作を語るというコーナーがあります。
 こちらで RealPlayerで江國香織さんの紹介も聞けたりしますので、興味のある方はどうぞ。
 
 

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