山田詠美さんの短編連作集です。
どんなに成績が良くて、りっぱなことを言えるような人物でも、その人が変な顔で女にもてなかったらずい分と虚しい気がする。
女にもてないという事実の前には、どんなごたいそうな台詞も色あせるように思うのだ。
変な顔をした立派な人物に、でも、きみは女にもてないじゃないか、と呟くのは痛快なことに違いない。
時田秀美という、上に書いたようなちょっと変わった価値観をもった高校生が主人公です。勉強はできないが、女性にはもてる。
男性の視点から見たら、なんだか微妙な位置づけではありますが、彼の物の考え方はイヤではありません。
彼は、勉強ができないという事をコンプレックスになど感じておらず、それどころか生きていく上で本当に大切なものは、勉学に励むことでも大学に進学することでもないのではないか、そう思っています。
…たしかに実を得ているような微妙なところだと思います。
まぁ、勉学というものは、もちろんおざなりにはしてはいけないとは思いますが、それよりも大事な事というのがあるのはたしかだと思います。
しかし、その勉学というものが、何よりもその大事なものへの道を示唆してくれるようにも思える時もあったりするのは皮肉なことではあります。
ところで、幸福と言う事について。
どういった事象を幸福という事実を示すのか分かりませんが、そういう状況はそこここに見ることが出来ると思います。
このお話でもちょっと触れられています。
幸福に育って来た者は、何故、不幸を気取りたがるのだろうか。
不幸と比較しなくては、自分の幸福が確認出来ないなんて、本当は、見る目がないんじゃないのか。
…たしかに。麻痺しているような気がしますね。
これと関係するところもありますが、父親という存在について。
時田くんには父親がいません。
そういえば、僕にもいなかったりするのですが、たしかに彼がお話の中で語るようなイヤな事があったこともありました。
いい事か悪いことかは解りませんが、僕にとっては父親不在と言う事は、少なくともマイナスではなかったような気がします。
そんな僕が父親となる可能性があるという、これから先に関してどうかは保証の持てる限りではありませんが。
明確な父親像が描けないので、どうにもこうにも、です。
もうひとつ、価値判断のお話。
ものの価値をどこに見いだすかというお話です。
選択肢を前にして、既存の価値観によって最良なものを選び、それ以外を排除する、て選択する、という事を行うのが普通のやり方のような気がします。
これだけでは選びきれないという物もあったりしますが、おおむねはこういった事だと思います。
このお話では、その語られるテーマもさることながら、キャラクターの魅力が大きいところだと思います。
主人公の時田秀美君もいいけど、ちょろっと出てくるクラスメートたちや顧問の桜井先生もよい感じです。
もう遅いのですが、あんなの同級生たちや先生に出会いたかったと思ってしまいました。
勉強ができない方、学生時代を懐かしむことがある方、山田詠美さんがお好きな方に、おすすめです。